教会の紹介

施設について

駐車場・玄関・庭

道路に面して、庭と玄関があります。段差はありません。

庭に2台分の駐車スペースがあります。

自転車も停めていただけます。

ホール・1階集会室

玄関を入るとホールがあります。

左手にエレベーターと階段があります。

お手洗いは1階にのみあります。

車椅子の方もご利用していただけます。

1階は集会室です。愛餐会や集会はこちらで行われます。

礼拝堂

礼拝堂は2階ですので、エレベータ―又は階段で直接お越しください。

木のぬくもりを感じられる礼拝堂です。

4人掛けの長椅子がならんでいます。お好きな場所にご着席ください。

子どものスペース

礼拝堂に小さなお子さま用の「こどもスペース」があります。(母子室ではなく、一緒に礼拝します)お子さま連れの方も、安心してお越しください。

教会の歴史

〇教会の歩みとビジョン

西宮聖光教会は、日本基督教団と大韓イエス教長老会(PCK)との間に結ばれた宣教協約に基づき、韓国から初めて派遣された宣教師の開拓伝道によって誕生した教会です。

そのルーツは、北海道での開拓伝道に命を懸けた先達たちの熱い祈りにあります。1980年代、経済的繁栄の陰で霊的な渇きを覚えていた日本の教会と、南北分断という苦難の中で福音の火を燃やし続ける韓国の教会。この両国の架け橋となるべく、北海教区の教師・信徒の願いが実を結び、1981年に朴敬和(パク・キョンファ)宣教師の来日が実現しました。

その後、朴宣教師は兵庫教区の招聘を受け、1983年に西宮の地へ。地元の三好芳雄医師による協力のもと、1985年に「西宮聖光伝道所」として産声を上げました。1992年に第二種教会へと歩みを進めた直後、1995年の阪神淡路大震災により礼拝堂が全壊するという大きな試練に見舞われましたが、国内外からの温かいご支援により、1997年に現在の新しい会堂が再建されました。

2010年、朴宣教師夫妻が27年にわたる宣教の使命を全うして帰国された後、現在は日本人牧師と信徒を中心とした共同体として、新たな歩みを刻んでいます。朴宣教師から受け継いだ「神の愛に基づく赦しと希望の信仰」を礎とし、現在は地域に根ざした日本の教会として歩みを続けています。

これからも、民族の壁を超えて働く神の愛を証しし、この街に掲げられた大きな十字架のもとで、神の愛の広さ、長さ、高さ、深さを分かち合いながら、伝道の使命に励んでいきたいと願っています。

所属教団について

所属教団の「日本基督教団」とは、どんな団体ですか?

所属教団について

日本基督(キリスト)教団は、日本にある約1650件の教会・伝道所で構成されるプロテスタントのキリスト教会の集まりです。信徒約16万人、教師約3200人を擁する日本の最大のプロテスタント教団です。

北海道から沖縄まで17の教区に分けられ、それぞれの街々にたてられた教会で聖書の福音にもとづき礼拝や聖書研究会、祈祷会、その他の集会によって宣教活動を行っています。

日本基督教団は、それまで外国の諸教派から派遣された宣教師の影響の下に、改革・長老派教会、組合派教会、メソジスト教会など多くの教派に分かれて教団を形成し、それぞれの特徴をもって活動していましたが、教会一致運動の世界的な広がりと、第二次世界大戦下の日本政府による宗教統制政策である「宗教団体法」により、1941年6月に当時日本全国にあった30余派の教団が合同することになり、その結果、一つの合同教会となりました。

戦後の日本のキリスト教界は戦時下で合同した教会の幾つかは以前の教派に回帰して再建したり、戦後に教派的な背景をもった外国からの宣教師の働きや独自の働きによって新しく生まれた教団が多くあります。

その中で合同の形にとどまった教会、戦後に形成された多くの教会が「日本基督教団信仰告白」、教憲・教規のもとに、合同教会として日本基督教団を形成しています。

また、敗戦によって米軍占領下となり、独自の教団形成をした沖縄キリスト教団と1968年に合同し、現在の「日本基督教団」(The United Church of Christ in Japan: UCCJ)となっています。

日本基督教団公式ホームページ

どのような「信仰の特徴」がありますか?

「日本基督教団信仰告白」は、聖書を神の言葉とし、信仰と生活との誤りなき規範であると信じること、父、子、聖霊なる三位一体の神を信じること、イエス・キリストを救い主と信じること、など使徒信条やニケヤ信条などの古代からのキリスト教の基本信条と17世紀の宗教改革によって表された福音主義(プロテスタント)の信仰の基本にもとづいて告白されている簡潔なものです。(日本基督教団HP参照

「日本基督教団信仰告白」

我らは信じかつ告白す。
旧新約聖書は、神の霊感によりて成り、キリストをあかしし、福音ふくいんの真理を示し、教会のるべき唯一ゆゐいつの正典なり。されば聖書は聖霊によりて、神につき、救ひにつきて、全き知識を我らに与ふる神のことばにして、信仰と生活との誤りなき規範なり。

 主イエス・キリストによりて啓示せられ、聖書において証せらるる唯一の神は、父・子・聖霊なる、三位一体さんみいったいの神にていましたまふ。御子みこは我ら罪人つみびとの救ひのために人と成り、十字架にかかり、ひとたびおのれを全き犠牲いけにへとして神にささげ、我らのあがなひとなりたまへり。
 神は恵みをもて我らを選び、ただキリストを信ずる信仰により、我らの罪をゆるして義としたまふ。この変らざる恵みのうちに、聖霊は我らを潔めて義のを結ばしめ、その御業みわざ成就じゃうじゅしたまふ。

 教会は主キリストのからだにして、恵みにより召されたる者のつどひなり。教会はおほやけ礼拝れいはいを守り、福音を正しくべ伝へ、バプテスマと主の晩餐ばんさんとの聖礼典をり行ひ、愛のわざに励みつつ、主の再び来りたまふを待ち望む。

 我らはかく信じ、代々よよの聖徒と共に、使徒信条を告白す。
 我は天地の造りぬし、全能の父なる神を信ず。我はそのひと、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女 をとめマリヤより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府よみにくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天にのぼり、全能の父なる神の右にしたまへり、かしこより来りて、生ける者と死ねる者とをさばきたまはん。我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体からだのよみがへり、永遠とこしへ生命いのちを信ず。アーメン。

(1954年10月26日第8回教団総会制定)
(1967年7月6日第4回常議員会においてふりがな確定)

他のキリスト教会との関係はどうですか?

教団として「日本キリスト教協議会」に加盟しています。

日本のプロテスタント教界の並列的なつながりと海外の教会との窓口として1923年に日本基督教連盟が設立されました。国家の宗教政策の下で1941年日本基督教団が設立されると共に解散しました。これがNCCの前身ですが、この日本基督教連盟は戦後日本基督教団から旧教派の教会が離脱することによって再び国内の教会間の連絡役と海外の教会との窓口が必要になり、1948年5月日本基督教協議会(後に日本キリスト教協議会)が出来ました。NCCは2018年に設立70週年を迎えました。(日本キリスト教協議会HP参照)

他の教派・教団とはどのような違いがあるのですか?

プロテスタントの中にもたくさんの流れがあり、日本基督教団は、さまざまなプロテスタント教派が一つになってできた教団で、聖書を大切にしながらも、多様な伝統や考え方を尊重していることが特徴です。
そのため、落ち着いた礼拝とともに、地域に開かれた教会として歩んでいます。

(下記「日本のプロテスタント教派一覧」参照)

また、世界全体のキリスト教諸教派は下記のようになっています。

「主の祈り」と「使徒信条」

主の祈り

「主の祈り」とはイエス・キリストが教えてくださった祈りです。

主の祈り
てんにましますわれらのちち
ねがわくは 御名みなをあがめさせたまえ
御国みくにきたらせたまえ
御心みこころてんになるごとく
にもなさせたまえ
われらの日用にちようかてを 今日きょうあたえたまえ
われらにつみをおかすものを われらがゆるすごとく
われらのつみをもゆるしたまえ
われらをこころみにあわせず
あくよりすくいいだしたまえ
くにとちからとさかえとは
かぎりなくなんじのものなればなり
アーメン

使徒信条

「使徒信条」とは「私たちはこのように信じています」という信仰告白です。

使徒信条
われ天地てんちつくぬし全能ぜんのうちちなるかみしんず。
われはそのひとわれらのしゅ、イエス・キリストをしんず。
しゅ聖霊せいれいによりてやどり、処女おとめマリヤよりまれ、
ポンテオ・ピラトのもとにくるしみをけ、
十字架じゅうじかにつけられ、にてほうむられ、陰府よみにくだり、
三日目みっかめ死人しにんのうちよりよみがえり、てんのぼり、
全能ぜんのうちちなるかみみぎしたまえり。
かしこよりきたりてけるものにたるものとをさばきたまわん。
われ聖霊せいれいしんず。せいなる公同こうどう教会きょうかい聖徒せいとまじわり、
つみゆるしし、身体からだのよみがえり、永遠とこしえ生命いのちしんず。
アーメン